なぜ熟成肉つむぐは「1℃」で肉を熟成させるのか?
前回は、熟成肉の表面に生えてくる「カビ」についてお話ししました。
今回は、その続きです。
熟成肉つむぐでは、基本的に肉を1℃で熟成しています。
1℃。かなり低い温度です。
では、なぜそこまで低い温度で熟成しているのか。
結論から言えば、できる限り有害な微生物の活動や、好ましくない物質が作られるリスクを抑えながら、長期間肉を熟成させるため。
これが、一番大きな理由です。
熟成肉では「カビがあるか」より「何のカビなのか」が重要
前回の記事では、「熟成肉にはカビが生えることがあります」というお話をしました。
ただし当然ですが、カビなら何でもいいわけではありません。
カビには非常に多くの種類があります。熟成肉らしい香りに関わるものもあれば、食品を扱う以上、注意しなければならないものもあります。
ですから、長期熟成をするうえで重要なのは、「カビが生えているかどうか」だけではなく、そこに何のカビがいるのか。ということです。
食肉のカビ汚染を考えるうえで、特に意識している2種類
私が特に意識しているPenicillium属のカビがあります。
Penicillium nordicum(ペニシリウム・ノルディカム)
Penicillium verrucosum(ペニシリウム・ベルコーサム)
この2種類は、オクラトキシンAというマイコトキシンを産生することが知られている菌です。
以前、一般財団法人 日本食品分析センターの担当者の方に、食肉におけるカビ由来の食品汚染について相談した際、私の方から、
「食肉のカビ汚染を考えるうえで、Penicillium属については、このノルディカムとベルコーサムの2種類を特に気をつけておくべきですよね?」
と確認しました。
その際、担当者の方からは、「おっしゃる通りです」という回答をいただいています。
つまり、誰かからこの2種類を教えてもらった、というわけではありません。
私自身が持っていた認識を専門機関の方にも確認し、その認識で問題ないという回答をいただいた、ということです。
では、熟成肉つむぐの熟成庫にこの2種類はいるのか?
ここは非常に大切なので、はっきり書いておきます。
日本食品分析センターの担当者から口頭で説明を受けた範囲では、これまで確認した試料からPenicillium nordicumとPenicillium verrucosumは検出されていません。
「長年やっているから大丈夫」とか、「見た感じ問題なさそうだから大丈夫」という話ではありません。
実際に確認をお願いし、その結果について説明を受けています。
私はもともと発酵食品メーカーで麹菌の研究をしていました。だからこそ、何の菌がいるのか。そして、注意すべき菌が検出されていないか。ここを感覚だけで済ませたくないんです。
もちろん、一度確認して検出されなかったからといって、「未来永劫、絶対に存在しない」とまで言うことはできません。
だからこそ、低温管理、衛生管理、そして必要なところでは実際に確認する。
「たぶん大丈夫」ではなく、確認できるものはきちんと確認する。
これが、長期熟成をするうえで私が大切にしている考え方です。
そこで「1℃」という温度が出てきます
微生物の世界は、3℃なら安全で、4℃になった瞬間に急に危険になるというほど単純ではありません。
温度だけでなく、湿度、水分活性、菌株、栄養状態、そして時間など、いろいろな条件によって、微生物の増殖やマイコトキシンの産生量は変わります。
だから私が重要だと考えているのは、「何℃までならギリギリ大丈夫なのか」を狙うことではありません。
むしろ、できるだけ低温側に余裕を持っておくこと。
設定温度「1℃」でも、ずっと1.0℃ではありません
冷蔵庫や熟成庫というのは、設定を1℃にしたからといって、庫内のすべての場所が24時間ずっと1.0℃になるわけではありません。
冷却装置は動いたり止まったりします。扉も開けます。肉も出し入れします。肉の量や庫内の場所によっても、多少の温度差があります。
つまり、どうしても温度にはブレがあります。
だからこそ、上限ギリギリを狙わず、より低い側に余裕を持たせておく。
肉が凍ってしまうギリギリに近い低温帯で、ゆっくり熟成させる。
それが、熟成肉つむぐが1℃を基準にしている大きな理由です。
ただし、低温にすると熟成も遅くなる
ここからがまた面白いところです。
温度を下げると、微生物の活動を抑えやすくなります。
でも、その一方で、肉の中で起こっている酵素反応もゆっくりになります。
肉は屠畜されたあとも、肉自身がもともと持っている酵素によって少しずつ変化していきます。タンパク質なども時間をかけて変化していく。これも、熟成の重要な要素の一つです。
ところが1℃という低温では、当然その反応もゆっくりになります。
安全側に温度を下げれば、その分だけ熟成にも時間がかかる。
なかなか都合よくはいきません(笑)。
では、熟成肉の「味が濃くなる」のはなぜなのか?
ドライエイジングをしていると、肉から水分がどんどん抜けていきます。当然、重量も減ります。
これがですね。肉屋としては、本当に悲しくなるくらい減ります(笑)。
ただ、水分が抜けるということは、肉の中にある味や香りに関わる成分が、相対的に濃くなるということでもあります。
ですから、比較的短い熟成で感じる「味が濃くなった」「旨味が凝縮している」という感覚には、酵素反応だけではなく、水分が抜けることによる“味の凝縮”もかなり大きく関係していると私は感じています。
ところが150日くらいまで行くと、少し違ってくる
60日。80日。100日。そして150日。
私はこれまで、いろいろな熟成期間の肉を食べてきました。
その中で、150日あたりまで伸ばしていくと、「単純に水分が抜けたから味が濃くなった」だけでは説明しづらい変化を感じることがあります。
旨味の感じ方そのものが違ってくるんです。
1℃という低温では、肉自身の酵素反応もゆっくりです。
だからこそ、長い時間をかけることで、そのゆっくりした変化が積み重なってくるのではないか。
私はそう考えています。
ただし、ここからは「体感」の話です
ここは、ちゃんと分けておきたいところです。
私はまだ、「150日熟成すると、このアミノ酸が何%増えます」というところまで、自社の熟成肉を分析したわけではありません。
本当はやってみたいんです。
30日。60日。90日。120日。150日。
同じ条件で追いかけて、遊離アミノ酸や香気成分がどう変化していくのか。めちゃくちゃ調べてみたい。
ただですね。うちみたいな小さな会社、そんなに研究費がありません(笑)。
なので、この部分については、研究で分かっている一般的な熟成の仕組みと、私自身が実際に長期間肉を扱い、食べ続けてきた体感を分けてお話ししています。
熟成肉は「冷蔵庫に長く置いた肉」ではない
熟成肉というのは、ただ肉を冷蔵庫に入れて「100日経ちました!」というだけの世界ではありません。
温度。湿度。風。微生物。水分。肉自身の酵素。そして時間。
いろいろなものが重なりながら、少しずつ肉が変化していきます。
だから私は、熟成日数だけを見て肉を判断するのは、少し違うと思っています。
100日だから必ず美味しいわけでもない。150日まで置けば、さらに美味しくなるとも限らない。
途中で止めた方がいい肉もあります。
逆に、「この個体なら、まだ先へ行ける」と思う肉もあります。
次回:「熟成肉は、長く熟成すればするほど美味しいのか?」
60日より100日。100日より150日。
では、300日まで熟成すれば、もっと美味しくなるのでしょうか?
実は、そんなに単純な世界ではありません。
次回は、私が肉のどこを見て「まだいける」「ここで止めよう」と判断しているのか、長期熟成できる肉と、できない肉についてお話しします。